「検察、僕をなめないでいただきたい」を無礼ずに考えてみる(結論無しで)

光市の殺人事件が審理終了となった今週、ネットのアチコチで取り上げられた「なめないでいただきたい」発言。
みんなで殺せコロセの大コールの中で(きわめて不謹慎ながら)思ったんだが、「殺っちゃえ死姦しちゃえドラえもんならナントカしてくれる」なんて思考の人間が、「なめるな」って逆襲するのってむしろ当たり前じゃないかなあ??
もしも…もしも、だ。活きの良過ぎる未成年が犯罪を犯して、自分が納得行かないままに死刑になるとして、その直前に検察官が言いがかりをつけてきたら、「悪事は認めるけど、権力傘に来てイチャモンつけてんじゃねーぞ、なめるなボケ」とか言いそうだ。
「反省した人間は殊勝な態度を取らないといけない」というのは、世間とか大人の常識に過ぎず、コイツみたいに強姦OKな青春→獄中生活だと【味方=弁護団、敵=検察ほか大勢】っていう幼稚な社会しか形成されて無いんじゃないの? むしろ「法に従い罪は償うが、敵検察官や裁判官には卑屈にならんぞ」とか思っていそうだけど。
これが俺じゃなくてエラリー・クイーンの推理の結果で「犯人の知性は子供だった」とかだったら、読者はみんな辻褄が合う推理だと言うンだけどなー。
そういう方向から考えると、弁護団のひとり、今枝仁氏が「この裁判の弁護ほど胸を張って弁護できたことは今までありませんでした」と言ったのも
・誰に胸を張るのか。具体的にどんな結果を出した(あるいは問題提起した)のか。
・なぜこういうコメントを言わざるをえなかったのか。
という点から推理すれば、筋道の通った理屈が求められそうなんだが……?




尤も、仮に彼が常識的な「観念した犯罪者」であったとしても、犯した罪は重罪だし、被害者の希望は死刑だから、縛り首だろうけどね。
あと、痛いニュースはソースが2ちゃんねるなうえ情報操作されているから、信じないほうがいい。